2011年4月12日火曜日

Wikipediaには載っていない! 2006-2010年までのゴア・ヴィダルの動向

日本語版Wikipediaには載っていない2006-2010年までのゴア・ヴィダルの動向を一挙に紹介。

・2006年

アニメ『ザ・シンプソンズ』 シーズン18エピソード6"Moe'n'a Lisa"にトム・ウルフらと本人役で声の出演。
アニメ『ファミリー・ガイ』シーズン5エピソード2"Mother Tucker"に声の出演。

(回想録第二弾Point to Point Navigation刊行。映画『PEACE BED アメリカVSジョン・レノン』に出演。短編集Clouds and Eclipses刊行)

・2007年

国際ペンクラブがニューヨークで開催したThe PEN World Voices festivalにポール・オースターらと共に登場し、スピーチを行う。
The PEN/Borders Literary Service Award を受賞。
雑誌The Guardianのインタビューに答え、9.11に対するアメリカ政府の対応への疑念を一貫して表明して来たことで陰謀論者とレッテルを貼られ、「私は陰謀論者ではない。私は陰謀の分析家だ」と反論。
Vidal salon

(映画『ZERO:9/11の虚構』に出演)

・2008年 5月28日、雑誌Esquireのインタビューに答える。一部抜粋。

「Wikipediaでは全てが間違っている」
「私が知っている馬鹿は全員大学へ行った。必要なことだとは思えなかったね。その結果を見てきたからな」
「私は50年間(注・正確には53年間)ハワード(注・ゴア・ヴィダルのライフ・パートナーであり、恋人だったハワード・オースティンのこと。2003年、癌により死去)と暮らしたが、そこには全くロマンティックな愛情も情熱的な愛情もなかった。完全にノンセクシュアルな関係だった。オカマ達にやってみろと伝えろ」
「宗教を除去しろ。人間を駄目にするから」
「私は誰にも似ていなかった。誰もがやることを私はしてこなかったからだ」
と言いたい放題。毒舌は健在だった。
What I’ve Learned: Gore Vidal

(エッセイ集The Selected Essays of Gore Vidalを刊行)

・2009年 ゴア・ヴィダルVSエドマンド・ホワイト

アメリカを代表するゲイ作家、エドマンド・ホワイトが戯曲Terre Hauteを発表。1995年4月19日に168人が死亡したオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件の主犯、テロリストのティモシー・マクベイ(2001年6月11日死刑)とゴア・ヴィダルをあからさまにモデルにした老作家が恋に落ちる内容で、ゴア・ヴィダルは激怒。
The Timesのインタビューでホワイトを「不潔で低俗な作家」と呼び、Terre Hauteを「下品なオカマ主義の作品だ」とこき下ろす。
Gore Vidal: ‘We’ll have a dictatorship soon in the US’

これに対し、エドマンド・ホワイトはSalon.comのインタビューで反撃。
「ゴアは完全に狂っていると思うから、彼の言うことは気にしない。残酷で、嫌なやつだ。今、彼は書くことが出来ない。車椅子生活を送っているし、苦しんでいる。長年連れ添った恋人(注・ハワード・オースティンのこと)を失ったんだ。最後に会った時、言ったんだ。『ディナーに来てよ。可愛い男の子たちと会わせてあげよう』『ああ、私はそんな連中とは会いたくない!』知ってのとおり、彼はただの老いぼれの不機嫌屋さ」
「彼はずっと私に良くしてくれたが、いつも火山のように激怒するんだ」
そして、ホワイトの攻撃はヴィダルの作家としての評価にも及ぶ。
「彼が何故有名なのかわからない。歴史小説群は完全な剥製みたいなものだからだ。誰も読むことが出来ない。『マイラ』は面白いが、軽い。エッセイは誰もが評価するが、20世紀最高のエッセイを書いている友人が、どれも酷く類型的で、今では全てが時代遅れだと言っていたよ。彼の代表作がどれなのか私にはわからない。永続的なキャリアを持つ作家なら1冊か2冊の優れた作品があるはずなんだが、彼がそれをやったとは思わないね」
Edmund White comes out swinging

ゴア・ヴィダルはエドマンド・ホワイトの処女作Forgetting Elenaが1973年に出版された時、ウラジーミル・ナボコフと共にいち早くこれを高く評価してホワイトが作家としてキャリアを積むのに貢献し、良好な関係を築いてきたが、二人の友情はホワイトがヴィダルをモデルにした作品を書くことによって、脆くも崩れ去ることとなった。

(回想録第三弾Gore Vidal: Snapshots in History's Glareを刊行。映画Shrinkに出演)

・2010年 イタリア再訪

2010年7月、ヴィダルはイタリアを再訪した。2005年まで33年間住んだラヴェッロに帰り、そこで旧交を温めた後、ポンペイに向かった。
Gore Vidal arriva a Ravello per Pompei

※私はラヴェッロにおいてヴィダルの元邸宅ラ・ロンディネイアの現オーナーであり、親友であるヴィンセンゾ・パルンボ氏に3日間に及ぶインタビューを敢行し、この時のヴィダルの様子を訊いた。近日中にパルンボ氏のインタビューは当Blogにて発表予定。

(ドキュメンタリー映画『スタンディング・アーミー』にノーム・チョムスキーらと共に出演。沖縄を含め、世界中に常駐するアメリカ軍を批判。日本でも上映される。映画Norman Mailer: The Americanに出演)

2006年から2010年までのゴア・ヴィダルの動向を駆け足で振り返って来たが、いかがだっただろうか。
85歳の今もヴィダルは精力的に活動を続けているので決して目が離せない。

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